川島雄三という監督については勉強不足で名前を聞いたことがあるくらいだった。「川島雄三 乱調の美学」という書籍をタイトルに惹かれて読んでみた。彼の周辺の人による文章と、全作品に関しての紹介と彼自身の言葉が載っている。川島は多作で、職業的な映画監督に近い側面があり、19年間で51作品を監督した。ネットで調べてみると、黒澤明が50年の間に30作品、小津安二郎が35年の間に54作品とのこと。川島がいかにハイスピードで作品を世に出していったかが分かる。
身近にレンタルDVDで借りることができる作品が51作品のうちの数作品あった。「愛のお荷物」(1955)という作品は川島監督が一番充実していた時期にとられたものだそうだ。
まずはテーマが面白く、ベビーブームを題材にしており、子供が生まれすぎてこれから日本は大変なことになるぞ、というような状況に日本が置かれているという当時の状況からスタートする喜劇だ。少子化でどうするんだ、と言われている21世紀にこの映画を見るというのは不思議な気分であった。
あまり気の利いた言葉が浮かばないのだが、非常に軽妙な喜劇でみていて気持ちよく、日本映画とは思えない感覚がある。前衛的な演出の工夫などもあった。
たとえば、いさかいが起きているシーンでBGMで不協和音がなり始め、それが実は登場人物の趣味のラジオから出ている音だった(BGMから映像の中の音に自然に切り替わる)りとか、まるでギャグ漫画の喧嘩シーンのような場面があったり、映画の終わり方も早回しになって漫画チックなドタバタで終わったりと、こんな軽いタッチで面白く映画を作る人がこの時代の日本にいたんだ、というのは私の勉強不足だが、素敵な発見だった。
先程紹介した「乱調の美学」という本によれば川島監督は病弱で、20代なかばから体に変化を認め始め、筋萎縮性側索硬化症にかかり、身体の自由がうまくきかない中での職業生活だったようだ。この本に、それぞれの作品についての川島監督の言葉が載っている。この「愛のお荷物」については、以下のように語っている。もともとアンドレ・ルッサンという人の戯画「あかんぼ頌」に基づいた作品で、原作権を取得できなかったので改変しして制作したという背景があり、そこをだいぶ気にしている。
アイデア盗用と言われれば、釈然としませんが、実は話もテーマも違っています。しかし、方々でたたかれ、ずいぶん、しょげました。(中略)はこびには気を使いましたが、演出の厳しさはあまり出せなかった作品です。ソフトな感じになりすぎた気がする演出です。僕の好きな題材なので、またいつか、ルッサンを離れて、やってみたいものの一つです。(乱調の美学 P95より)
川島監督の発言を読むと、作品は私からすれば感覚の新しい軽妙洒脱な演出に成功しているように見えるが、彼からすれば厳しさがないということのようだ。かなり意図して厳しさから逸脱した演出に見えるが、監督からすれば意外にも違うということだろうか。なんだか不思議である。こうして監督の言葉と照合しながら映画を思い返すと面白い追体験ができる。
それともう一つ気づくのは、監督の言葉が淡白なところである。あまり長々と語る用意がないという雰囲気である。もともとあまり自分の映画を解説しようという人ではなかったのかもしれない。とにかく映画を見てほしい、という人なのだろう。
言葉をやりとりする楽しさ、人の発する(特に口頭で、その場での)言葉を吟味する楽しさは、そのやりとりによって、言葉に表せない、表さないものの存在が立ち上がってくる、というところにもあるのかなと思っている。川島監督の映画はほかにも何本かレンタルで借りられるようなので見てみようと思う。